京橋白伝・渡世日記|コラム

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オンザロード・アゲン

今年もまた輸入用ホウキモロコシの原産地、インドネシアの「TEGAL」を訪ねた。

TEGALはマックもケンタッキーもちょっとしたショッピングモールも兼ね備えた中堅都市ではあるが、畑まで車で90分ほど走っていくと、ナカナカ広大な敷地かつ「ポツンと一軒家」的な田舎の風景が延々と続くのであります(ちなみに軽トラの荷台に乗っての移動です・・・道、舗装されてません・・・今、乾季で熱いス・・・)。

てなカンジで毎年毎年、珍道中を繰り広げているワケだが(今年はインドネシアでとてもよく見かける、人力タクシー(ベチャ)に単独乗り込み、迷子になりかけたス・・・マジ焦ったス・・・交通ルール?そんなのカンケーなかったス・・・)、その道中、街並みを散策し思索を重ねる中で、特に感じ入ったことがある。

それは、インドネシアにおける「道路」とは「目的地」に到達するまでの「のりもの移動スペース」ではなく、人々が佇み・交わり・遊び・商う「交流の場」なんだなぁ、ということなのです。無論すさまじい渋滞・渋滞・渋滞なのでありますが(特に首都ジャカルタはカオス)、屋台あり露店あり出店あり何でもありの「毎日が縁日」状態なのであります。

TEGALで早朝散歩をしていた。なにしろ朝4時過ぎになると、イスラム系のお経(だと思う)がでっかいスピーカーから街中に鳴り響くのである。ぶらぶらしていると、次々と屋台が営業を開始、自分も小腹を満たすべく、とあるインドネシアン汁そば屋台を覗いてみた。女将さんが支度をしている。恐らく日本人は相当珍しいのだろう、そばにいる4~5歳位のガキ、じゃなくてご子息がダサいTシャツを着たおっさん(ワタクシ)をじっと見つめる。

身振り手振りで汁そばを注文、出来上がりを待っていると次々と常連客がやってくる。当然であるが「ナンナンだコイツは」という視線に晒されるワケだが、無事食事終了、「ごちそうさま」と伝え、その場を去る時分には皆一様に「にっこり」と笑顔で見送ってくれた次第でありました(味?サイコーにきまってんじゃん!)。

つまり、インドネシアにおける道(路上)とは、人と人が交わる「舞台(ステージ)」なのであります。それは「コスパ」が支配する国では真っ先に「排除」されるか、もしくはその「舞台(ステージ)」は「コスパが提示する価値観」の許容範囲内でしか許されるものではない・・・そんな「豊かさ」ってなんなんだろうな・・・そんな「コスパ」な豊かさを日々享受しているとある国のとあるオッサンが、TEGALの路上で、汁そばを啜りながら、そんなことを考えていたのであります。

インドネシアにも近代化の波がガンガン押し寄せている。インフラが整備され、ばかでかいショッピングモールが林立し、いずれはこの「舞台(ステージ)」がそっと退場させられることになるであろう。いつまでもこの「舞台」が残っていてほしい・あの「笑顔」と「味」が生み出され・触れられる場所であってほしい・・・と強く願うが、これも「コスパ」な豊かさを散々享受してきたとある国のとあるオッサンの身勝手な戯言だな、と自問自答している今日この頃である。

と、いうことで、もしワタクシが突然この「豊かな国」から忽然と姿を消したら、あの場所であの路上であの空の下で、人力タクシー(ベチャ)にたくさんの箒を満載して、あちらこちら行商しているものと、察して頂ければこれ幸いである・笑